◆◇2014/9/10 KAZUO ZAITSU

安部はギターを愛してやまない男でした。
赤いギター「Gibson 335」は彼のトレードマークだった。
42年前のデビュー直前、アコースティックギターに自分でマイクをつけた手製のエレキギターが思い出されます。
TULIPのデビュー曲「魔法の黄色い靴」はこのギターで録音されました。
彼が20歳の頃に出会って44年の付き合い。青春時代をともに生きてきた大切な友人でした。
もう一度ステージで一緒に演奏したいです。

http://www.zaitsukazuo.com/diary/

◆◇2014/9/10 MASATOSHI UEDA

優しい男とは☆
例えば、網膜剥離の手術後、僕の視界が殆ど利かない状態でステージに臨んでいた頃。

「最後に前に出てくる時、俺の背中ば目指して歩いて来て後ろに付きやい!誘導しちゃーけん」と、本番前。
そして全ての演奏が終わり、スティックを宙に放ち僕がドラム台を離れた直後、毎回!
「ハイそのまま真っ~直ぐ!」「もうすぐ段があるけん」「ハイもうちょっと前まで」「もう横に出て大丈夫!」。
僕がみっともなく映らないよう、自然に見えるようにとの、素敵な心遣い。

例えば、真夏なステージの後の打ち上げの際、料理が先だったりと、ビールがなかなか出てこない事がありました。
「どうでもいいけん!喉が乾いとう上田のとこにビールば早よう持って行っちゃり~」。

…挙げれば、優しさにきりがありません。
http://www.masatoshi-ueda.com/cp-bin/blog/

◆◇2014/9/10 TATSUYA HIMENO

[2014/09/11]

安部俊幸へ

いつのまにか逝ってしまってた
誰にも何も告げずに
福岡で再会を約束したじゃないか
みんな待ってたよ

君らしい引き際と思った
最後までカッコいいんだよね
7月7日に星になるなんて
僕の引出しには君との思い出が
いっぱい詰まってるから
寂しくなんてないけど
もう思い出はつくれない


☆Tatsuya Himeno☆

◆◇2014/9/10 SHINICHIRO MIYAGI

2014.09.11 Thursday

安部さんへ



数日前に安部さんが亡くなったとの訃報が届きました。
あまりにも突然の事でまだ信じられません。

去年のTULIPツアー打上げの時も
いつの間にかいなくなってましたね。
いつか理由を聞いた時あなたは、
さよならを言うのは淋しいからと言ってました。
そんな安部さんが大好きでした。かっこよすぎです。

アンコールでいつも肩を合わせて演奏してくれた安部さん。
いつも元気をくれた安部さん。
あの笑顔が忘れられません。
今とても辛いです。でも、あなたの笑顔とあなたの音楽は
沢山の人の心の中にずっとずっと生き続けることでしょう。
安部さん、どうか安らかにお眠りください。

宮城伸一郎

http://blog.shinichiromiyagi.net/?eid=476

◆◇2014/9/10 つのだ☆ひろブログより

つのだ☆ひろのめでたブログにようこそ!

世の中、
明るくとらえれば楽しいことだらけ、
真剣に考えれば腹の立つことだらけ、
深刻にとらえれば悲しいことだらけ、

そんな時、一度まったく逆の要素を加えてみると落ち着いたりします。
熱いお湯ならば水をさせばぬるくなるように…。
悲しいときは笑い飛ばしてみましょう。
腹が立ったら謝ってみるのも手かも?
楽しすぎて涙がほほをつたうなんて オイ!ちょっとオシャレか??

だからこのブログ、とにかくなんでもおめでたいと考えて、
つらい浮き世を乗り切ろうというわけです。
よろしくお願い島~す(アイランドかい?)
よろしくお願い縞~す(ストライプかい?)


2014-09-09 21:30:12
親友 安部俊幸逝く
テーマ:ブログ

風邪を引き込んで珍しく横になっていた。
姫野達也から電話がある。
七月七日に安部俊幸が死んだという知らせ。
今日の午後に発表になるのでまだ黙っとってね!
発表前に親かった人だけに伝えたと言うこと。
芸能界にも音楽界にも親友と呼べる人は少ない
僕としては家族ぐるみで行き来したのは安部、
姫野、のチューリップ組とめんたんぴんの
飛田一男くらいだった。
6年前に飛田一男が、そして今年、安部俊幸
までもがこの世を去った。
“安部はもうインドで仙人になっとっちゃない?
死んでも死んどらんめぇが”
毎日のように一緒にいた青春の日々の軽口の
ように博多弁が脳裏に浮かぶ。
チューリップに興味を持って、博多弁に興味を
持って吉田彰や安部俊幸からさんざん教えてもらい。
博多弁もしゃべれるようになっていった。
安部曰く
ひろは博多にスパイに入ってもばれんごた。と
言わしめた博多弁。
またしゃべる人がひとり減った。
いつだったかのコンサートに行くと安部が
“おー、冒険君がきとるばい”と言う。
既に知る人も少ないが渡辺貞夫カルテット時代の
アルバムのライナーノーツに
冒険とも思える無名の新人角田を起用して・・・
などと書いてあったのを安部は覚えており、
“おー、冒険君がきとるばい”と言ったのだと
さっき気がついた。
ボーッとした風邪の熱の中で、姫野の声を電話で
聞きながらひとりションボリとした。
娘はこの訃報を聞いて会社で号泣したという。
僕の人生の中でも安部俊幸は大きな存在だった。
あいつがいるだけで安心できる。
そんな存在だった。
チューリップで一番の名曲は“博多っこ純情”
もちろん安部俊幸の詞である。
もう博多に行っても、インドに行っても安部俊幸は
いなくなってしまったんです。
あとは僕とみんなの記憶の中にしかいない安部俊幸
になってしまったんです。
想い出す度にしばらくはショボンとするでしょう。
GIbson335を見ても、姫野にあっても、吉田彰や
上田や風祭にあっても、財津にあっても僕は
ショボンとするでしょう。
今になって思えば吉田彰が心の痛みをのり越えて
勇気を持って少しでも早くチューリップに再結成に
参加してくれたら僕の大好きなオリジナルの
チューリップが見れただろうに・・・・・。
あの道化者が聞けただろうに・・・・・・。
ほんとうに残念、残念です。
名作を作り出すことの出来るアーティストがまた
ひとり僕の人生から欠け落ちてしまいました。
もしあの世があるのなら、たくさんの友人が待つ
あの世も楽しいかも知れませんが、
僕にはまだまだやることが残っているので
友人達を少し長く待たせることになると思う。
あの世があったらまた逢おう。